漫画家になろう!そんな人が確認するべき”3つ”の専門学校の口コミ・評判をまとめてます。”漫画家になりたいけど絵が下手”って人のための絵の上達方法、”漫画家になれない”って人向けの漫画家のなり方も公開!他にも、”漫画原作者になるには”って悩みを解決する方法もまとめてます。

漫画家になろう!あなたのその夢を実現できる”3つ”の専門学校の口コミ・評判をまとめました!

少年漫画家になるには

少年漫画家になるには?売れっ子漫画家から、少年漫画家になるヒントを見つけよう!

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少年漫画家になるには

鳥山明、尾田栄一郎、青山剛昌のような少年漫画家になりたいけど、でも少年漫画家になるには具体的にどんな勉強をすればいいのか、どんな学校に進めばいいのでしょうか?

私も漫画家を目指していた時は、インターネットなんて無い時代だからひたすら辞書のようにぶ厚い専門学校をまとめている情報誌を読んでました。

 

その時は、「とにかく進学をすればなんとかなる!」って漠然と考えてましたが、実際はそんなに甘い世界ではありませんでした。

ここに文章

ちょっと世の中を、漫画家という仕事を舐めてました。。。

でも、有名な少年漫画家ってどんな道を進んで漫画家になったのか気になりますよね。

そこに、少年漫画家になるヒントがあるのでは…?と思ったので調べてみました。

 

有名漫画家が漫画家デビューしたきっかけを確認

漠然と”少年漫画家になるには”って探しても、とってもぼんやりしてます。

憧れの漫画家がどんな方法、道筋を辿って人気漫画家になったのかを知ることで夢を実現することができるかもしれませんね。

 

鳥山明先生の場合

国民的漫画と言われるドクタースランプ、ドラゴンボールから人気ゲームであるドラゴンクエストシリーズのデザイナーを務める超売れっ子漫画であり、この方を目指して漫画家を志した方は多数!

 

略歴

最終学歴:愛知県立起工業高等学校デザイン科

卒業後:1974年に地元の広告関係のデザイン会社にデザイナーとして就職するも1977年1月に退職

 

デビューまでの流れ

退職後1年間はアルバイトでイラストを手掛けていたが、偶然、手にした”少年マガジン”で新人賞募集の記事を見る。

入賞すると賞金が出ることを知ったので、23歳で初めて漫画を描くが、週刊少年マガジンの新人賞には間に合わなかったので、1978年1月に開催された週刊少年ジャンプの新人賞である月例ヤングジャンプ賞へ応募。

 

結果としては入選はしないものの、すぐに新しい作品を描き上げると、ジャンプの編集者である”鳥嶋和彦”が作中の描き文字(擬音、擬態語など、写植以外の文字のこと)をカタカナでなくアルファベットを使用していることや、対象を様々な角度から描けること、絵が丁寧に描き込まれていることにセンスを感じ「今は下手だが頑張れば何とかなるかもしれないから、もっと描いて送ってよ」とアドバイスをしたのは有名な話です。

その後も、厳しくネームのボツ(不採用)を出す鳥嶋のもとで懸命に修行を続け1978年に読み切りでデビュー。

その後、ギャル刑事トマトでジャンプでの連載が決まり、1980年に『Dr.スランプ』の連載を開始をするが、1年目は、睡眠は3日に1回、最高記録となる6日連続徹夜、ペン入れの記憶がない回があるそうです。

 

鳥山先生の発想、話作りを学ぶ

もともと先の展開をじっくりと考えて描くタイプではなく、『ドラゴンボール』では行き当たりばったりで描いていたことが多いかったそうで、先生自身もどうなっていくのかわからなくて、なかなかドキドキわくわくして描けて悪くなかったそうです。

作中、悟空が大猿に変身したりサイヤ人だったという設定は当初まったく考えなく、このような辻褄合わせは上手いと自認されているようです。

 

「鉛筆で実際にコマを割って絵や台詞を書いたりして話を進めていくと、頭で考えていた漫画と、違ってくることはよくある」と発言されてます。

また、「普通はこう考えるところを逆手にとって面白くできないか」と考えておりへそ曲がりな性格から「天下一武道会で悟空が優勝するんでしょう」と周りに言われてなかなか優勝させなかったり「ベジータを殺さないで」というファンの意見を聞いてワザと殺したりすることもあるそうで、「戦闘シーンを増やせば受けるということは分かっていたが、天邪鬼な性格だからシャクに障る」からという理由ですぐに戦いのほうにシフトはしなかったそうです。

 

おまけ

鳥山先生と言えば”メカ”、”動物”、”女の子”のイラストですが、中でもオリジナルのメカを考えるのが一番楽しいときであり”どのように乗り込むのか、どこにエンジンが付いているのかなどをきちんと考えて描いているとのこと”とのこと。

 

個人的な見解と鳥山先生から見出すヒント

デビューまでの下積み期間には1年間に500ページものボツを出している程、とにかく多くの作品を描かれてます。

また、天邪鬼の性格が読者の期待を”いい意味で裏切っている”のも効果的ですが、これって”普通はこう考えるところを逆手にとって面白くできないか”を常に考えている結果だと思います。

 

イラストに関しても多くの読者からメカのイラストが絶賛されているのは、”自分の好きなモノを描く”を体現されているからであり、”好きだからきちんと考えて描く”から見る人を虜にできるイラストを描けるのではないでしょうか。

 

尾田栄一郎先生の場合

言わずと入れた”ONE PIECE"の作者であり、鳥山明先生を”神”と崇拝している漫画家。

4歳の時に漫画家という職業を知り、中2で絵を描きはじめると同時に”ジャンプに海賊の漫画を描こう”と目標を定めてます。

 

略歴

最終学歴:九州東海大学工学部建築学科中退

中退後は、甲斐谷忍・徳弘正也・和月伸宏のアシスタントを務める。アシスタント時代に描いた読切の海賊漫画「ROMANCE DAWN」が、後の『ONE PIECE』の原型となる。

 

デビューまでの流れ

1992年の高校在学中に月火水木金土(つきひみずきこんどう)のペンネームで新人賞の手塚賞に準入選。

1993年には「一鬼夜行」が10月期第104回ホップ☆ステップ賞にて入選を受賞。

1997年に『週刊少年ジャンプ』で海賊達の冒険と活躍を描く「ONE PIECE」の連載を開始。

 

尾田先生の発想、話作りを学ぶ

  • 毎週15歳の頃の自分が楽しめるか確認している
  • 話作りの方法としては、まず、見せ場を思い浮かべて、次に、そこを読者にとってグッとくるものにするために必要なストーリーを考える
  • 話作りは執念だと考え、どんな話をやろうとも面白くなる術があると信じている
  • 漫画もアニメも、基本的に、ストーリーよりも演出の方が重要だと考えている
  • 感動話はキャラクターの感情の盛り上がりから生まれるもので、作家が感動させることを目的に話を作ってしまったら、キャラクターを押しつぶしてしまうと語る
  • 担当編集者にはアイディアを出さない様にしてもらっている。理由は人に頼ってしまったり、人のせいにしてしまわないようにするため
  • 漫画で一番やりたいのは、ストーリーではなくキャラクターの造形
  • 週刊連載で、毎週何か一つは読者をビックリさせるものを入れようと思っている。読者が次の号を待っている間にこうなるんじゃないかと想像するものよりも凄いものを見せたい
  • 各キャラクターの感謝やお礼の言葉は最もストレートな「ありがとう」で統一

 

個人的な見解と小田先生から見出すヒント

とにかく漫画を描くって事に対して非常にストイックな方なんだと思います。

 

 

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